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正観さんが「座禅・瞑想」をやらない理由がすごかった!

坐禅

動画で解説

このページの内容を簡単に動画でまとめています。


以下、文による解説です。

正観さんは坐禅・瞑想をしたこがない

なにがあっても怒らない人格者になるためには
ストレスへの寛容度を高めれば怒らなくなるようです

では、寛容度を高めるために 有効なことといえば
座禅ざぜん瞑想めいそうが思い浮かびますが
正観さんは座禅・瞑想はやったことがないそうです
では、その理由がわかるエピソードをご紹介します。

70歳社長の質問

週に2回 座禅を組み、瞑想している70歳の社長さん
次のように質問しました

社長「正観さんは座禅・瞑想はやらないのですか?」

正観さん「私はいまだかつて座禅・瞑想をやったことがありません」
正観さん「あなたは座禅で心穏やかにしているのですね」

社長「そうです」

正観さん「そのまま会社に帰って社員を怒鳴っていませんか?」

社長「…まったくそのとおりです」

お釈迦さま

これではなんのために座禅・瞑想をしているのかわからないと
正観さんは言いました。

坐禅瞑想は訓練にならない?!

坐禅や瞑想は心穏やかに過ごせる空間で行うことが多いです
ですが正観さんは
「心穏やかにできる条件のもとでイライラしないことは誰でもできる」
「それではなんの訓練にもならない」
と言いました。

坐禅・瞑想がなんのために訓練しているかというと
日常生活の中で、自分がイライラしないために訓練することのようです

70歳の社長は、坐禅・瞑想が「目的」になってしまっており
それでは訓練になっていないとのことでした。

訓練の場は日常にある

わざわざ、お寺に行って坐禅をしなくても
訓練の場は日常にあるようです
つまり、私達は毎日 無料で訓練させていただいているのです

それがわかると
私達の周りを取り囲んでいる人
100%全員感謝の対象であることに気づきます

夫・妻・子ども・親・上司など
ストレスを感じさせる人に対して感謝ができるのです
「ありがとうございます。私はあなたのおかげで随分といろいろなことを学ぶことができました」と…

いかがでしょうか
日常が「魂を向上させるための訓練の場である」と
俯瞰ふかんして捉えることができたのなら

過去でのつらい経験にも意味があったことになります
ましてや 人生はすべて自分が書いてきたシナリオ通りのようです

お釈迦さま

そのように考えると 心が軽くなるのではないでしょうか
ぜひ 参考にしてください
参考にさせていただいた書籍↓