お釈迦さま
今回は、神様に「お願いをしてもムダ」と思わせられるお話をお伝えします。
神様の性質は、古事記の中にある「天岩戸開き」という話の中に、隠されているようです。
それは次のような話です。
「須佐之男命の乱暴な行動に怒り、天照大神は天岩戸に閉じこもってしまいました。
すると、全てが闇になり、さまざまな禍が生じました。
どうしたらいいものかと八百万の神が相談し、さまざまな儀式を行いました。
そして、天鈿女命が天岩戸の前で桶を伏せて踏み鳴らし、躍ることになったのです。
この踊りを見た八百万の神々から、笑いの渦が巻き起こりました。
楽しそうな笑い声を聞いた天照大神は、周りで何が起こっているのかと思い、岩戸を少し開けて問いました。
『自分が閉じこもって闇になっているのに、なぜ天鈿女命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか』
『あなた様より貴い神が現れたのです』
と、天鈿女命は言いました。
そして、八咫鏡を天照大神の前に差し出すと、天照大神は、鏡に映った自分の姿をその貴い神だと思い、岩戸をもう少し開けて、よく見ようとしました。
そこへ、待ち構えていた天手力男神命が岩戸を開け、世の中に光が差し込むことになったのです」
この物語では、天照大神は、「泣いてもわめいてもお願いしても、聞いてくれない」ということを教えています。
単なる神話だと思う方もいると思いますが、私にはそうとは思えないのです。
物語を通し、「神様を動かすには、お願い事をしても駄目なんだ」ということを、私たちに教えてくださっているように思えました。
「自分の人生が思い通りに行かず、辛いのでなんとかしてください」と言っても、神様は聞いてくれません。
「面白がること」「楽しむこと」「幸せに過ごすこと」こそが、神様を動かすために有効な手段らしいのです。
「人生が面白くて、楽しくて、恵まれているものがたくさんあって、とても幸せです。神様ありがとう」と言っていると、神様は、「本質がわかったんだな」と思い、もっと味方になってあげようと考えるようです。
引用ここまで
私の考え
神社でお願い事をすることは、「すでに恵まれているのに、あれもよこせ・もっとよこせ」と、不平不満を神様にぶつけていることになると、、、。
お釈迦さま
がしかし、笑う門には福来たるというように、いつもニコニコ幸せオーラの人のほうが、運を招き寄せているように思います。

