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「人の間」で生きるとは(小林正観さん)

動画で解説

このページの内容を簡単に動画で紹介ています。


以下、文による解説です。

この動画では、
心学研究科「小林正観さん」が言われた
光の履歴書というテーマでお届けします

実話を含む この記事を最後まで見た時
もう小さなことではクヨクヨしなくなるかもしれませんよ

では順を追って解説します

宇宙の広さ

私たちが住む地球は宇宙に比べるととても小さな存在のようです
仮に、地球を含む銀河系を1円玉だとすると
その中に太陽と同じような恒星は2千億個もある

この銀河系が数百個集まり
バレーボールくらいの銀河団をつくっているようです
地球が含まれている銀河団を「天の川銀河」といい

天の川銀河から約5900万光年離れたところに
お隣の「おとめ座銀河団」がある
ちなみに(1光年は約9兆5000億km)

地球がある「天の川銀河」の直径は約10万光年
お隣の おとめ座銀河団の直径は約2億光年

とこのように、宇宙は私たちの想像を遥かに超えるほど広いんですね

お釈迦さま

そこで正観さんは、おもしろい例え話をしてくれました
それが次です

なぜ地球が選ばれたのか

神さまは宇宙船に乗って、降り立つ星を探していた
まずは、おとめ座銀河団に近づいてきた
おとめ座銀河団があまりにも大きくて

楽しそうな星を探すのに 時間がかかると思ったのでしょうか
隣にあった、天の川銀河に近づいてきた

さらに その中から、どの星を選んで降り立とうかと迷っているときに
青く美しい星がぽっかりと浮かんでいた
興味を持って、近づいてみると

60億もの微生物(人間)がひしめき合っている
他の星の微生物と違って 服を来ている妙な存在たち

さらに地球をよく観察すると
ときたま、チカッチカッと閃光のようなものが光る

微生物たちの間で 光輝いている
神さまは興味をもって
地球に舞い降りることを決めました

ポイント
さて、人間の間で光っているとありましたが

なんと本当に光ることがあるらしいのです
では、正観さんが友人から聞いた実話をご紹介します。

マザー・テレサの病院にて

日本のとある福祉関係の大学教授
大学の実習として、

生徒20人ほどを連れ
インドにあるマザーテレサの病院まで行き
介護や看病の実習を行っていました

教授は、病院まで同行していますが
看病には参加せず
レポートを読んだだけです

ですが、ある女子学生のレポートに
大変興味深いことが書いてありました

病室には照明がなく
夜になれば暗くなるので
日没とともに実習は終了
日の出とともに再開という流れだった

最終日の夕刻
部屋の様子が見えないぐらいに暗くなったので
女子学生は帰ろうとしました
ところがある少年と目が合い
少年が なにか食べ物が欲しいと しぐさで訴えた
実はその少年、
それまで女子学生が
何を話しかけても、
まったく反応しなかった

ミルクを出しても
果物を切ってあげても
目をつぶって 何も食べなかった

もちろん、病気をしてここにいるのだから
なにか事情があったことは間違いない
しかし 女子学生は
自分が拒否されているように感じ
無力感にうちひしがれていた

その少年が、帰る間際になって
「食べたい」という意思表示を初めて見せた

女子学生は戸惑い、腹がたったのですが
「仕方がない」と重湯おもゆを作ってあげた
(重湯とはお粥の上澄みの液体です)

重湯をスプーンにのせて口に運ぶと
少年は食べた
食べ終わると両手を合わせて
「ありがとう」と言った

その瞬間、照明のない病室が急に明るくなり
部屋の隅々が見えるようになったそうなんです

次の日、その少年は亡くなりました

最後の最後にお腹が空いていたが
病状が悪く、声が出せなかった

だから、決して自分のことを嫌っていたのではなかった
そこに気づけて救いになったと、
女子学生のレポートは締めくくられていました

注意
マザー・テレサの病院といっても
死を間近にした人を
介護するホスピス

ボランティアなので
医療機器が整っているわけではなく
延命もしていません

貧困や孤児など
充分な医療を受けられず
道端にうちひしがれて
死を待つだけの人に対して

最期の瞬間
「生まれてこなければよかった」と思わず
人の笑顔や優しさを受け取って
「人間として生まれてきてよかった」「本当に幸せだった」と思ってもらい
天国の状態にしてあげたかったそうです

お釈迦さま

では続きを御覧ください

このレポートを読んだ教授は
女性学生が明るい気持ちになって
それで病室が明るく見えたのだろう
くらいにしか、そのときは思いませんでした

翌年

その大学教授は、また別の生徒をつれて
マザー・テレサの病院に行きました

今度は「人手が足りない」ということで
教授も介護を手伝うことになった

ある夕刻、もう部屋の中は暗くてほとんどわからない状態
疲れ果てて部屋を出ようとしたら

近くにいた老人が手招きしているのが かすかにわかった
「何か食べたい」と訴えているので

重湯をスプーンにのせ 口に運んだ

老人はニコッと笑って「ありがとう」と言った
すると部屋に光がボーッっと広がり
部屋の隅々まで かすかに見えるようになった

それまで見えなかった
十数人の患者全員の様子が見えるようになった

ポイント
女子学生のレポートに書かれていたのと
同じ現象が起きたのでした

これは正観さんの友人が、この教授本人から直接聞いたお話でした。

「人の間」で生きる

正観さんは言いました

ニコッと笑ったから光ったのか
「ありがとう」を言ったから光ったのか
どちかはわからないですが

とにかく感謝の気持が相手に通じて
同じ思いを共有したときに
その人達の空間がボーッっと光るらしい
それを上空から見ると
チカッと閃光が走るように見える

家でも
奥さんにお茶を入れてもらったら「ありがとう」
子どもに新聞を持ってきてもらったら「ありがとう」
部下に手伝ってもらったら「ありがとう」

言われた相手が「嬉しい」という気持ちになったとき
その場所は光っている

そんな光を
一生のうちに 何度 灯すことができるか

ある人は何百回
人によっては何千回 いや何万回
そのような「光の履歴書」を残して
私たちは死んでいく

どうやら人生というのは そのために存在しているみたいなのです

人間が生きる意味とは
達成目標や努力目標を掲げて
それを実現していくことではなくて
どれだけ「人の間」で生きてきたか
他人からどれだけ喜ばれる存在であったか

本当に素晴らしい人生とは
自分も相手も「嬉しい・幸せ」と感じられる場面に満ちているものではないでしょうか

人にも神さまにも好かれることを実践していくと
楽しい人生が待っているようです

ポイント
いかがだったでしょうか

人間の生きる意味が
目標を達成することではなく
神さまや人から喜ばれることだと思えたら…

さらに宇宙に比べれば私たち人間は
ちっぽけな存在だったとわかったら

目の前の小さな悩みは
「たいしたことないかも」と思えてきませんか

そうやって心が軽くなっていただけましたら
嬉しく思います
参考にさせていただいた書籍↓