親によっては「一大事だ!」と思う人もいるでしょう。
しかし、幸いにも痛みはあるけど、歩けるほどの捻挫だったとします。
その日は、体育祭で学年でダンスのイベントがあったとします。
担任の先生は、子供を保健室に連れて行き処置を済ませた後に、足の様子をみながら「せっかく今まで練習してきたからダンスは出よう!どうしても痛みがあれば休んでてもいいけど、、、どうする?』と言ったとします。
そして、子供は無事にダンスをやり遂げました。
「練習してきたダンスが出来て良かった』と思う人もいるかと思います。
がしかし、多くの人は「子供が捻挫(ケガ)をしたのに、ダンスをさせたなんて何事だ!』と騒ぐのではないでしょうか?
お釈迦さま
どんな時も、自分の価値観で判断しない!
「なんて先生だ!」「間違っている!」というのは、あなたの価値観です。
どんなときも、自分の価値観で判断しないことが、謙虚さであり、また、いかなる悩みも起こりません。
非難に目を向けるよりは、子供に「よく頑張ったね」「かっこよかったよ」と褒めてあげると、子供はたちまち喜んで、すぐに元気になります。
なによりも、子供は大きく成長できるでしょう。
たとえば、「困難にあったときにどのように対処するのか?」ということを、考えられる大人に育つでしょう。
反対に、親が「慰謝料を払え!」というような親ならば、その子も将来、「どうしてくれるんだ!」「お前のせいだ!」が口癖の大人になるでしょう。
子供が「文句を言って人のせいばかりにする大人になるか」
どっちに成長するかどうかは、親次第です。
その状態がずっと続くと、誰かが病気になったり、子供が登校拒否になったりします。
ところが、親であるあなたが、常にニコニコと明るくいれば、家庭はいつも温かくニコニコが絶えない家庭になります。
不平不満がでない家庭となるのです。
ところが、「理不尽」と思えるような内容(実際には、理不尽かどうかなどの色付けはない、あなたが勝手にそのように決めつけているだけ)
に対して、不平不満を投げかけていると、不平不満を言う現象が繰り返されるということです。
お釈迦さま
もし、子供に後遺症が残っていたら、、、
上記のような話を聞いたあとで、次のように考える親もいるでしょう。
「もし、子供に後遺症が残っていたら、それは間違っているのでは?」
この場合も同じです。
後遺症が残る残らないに焦点を当てるのではなく、「いかにあなたが不平不満を言わずに、ニコニコとしていられるか」です。
子供にとって、本当の幸せとは、いかに温かい家庭に包まれるかどうかです。
たとえ、後遺症が残ったとしても、温かい家庭に包まれた方が幸せなのです。
後遺症が残った結果、人の苦労を知り、謙虚な考え方を持つようになった人は、一生涯必ず幸せに包まれる人生になります。
「五体満足でなくても、幸せな人」はたくさんいます。
いいですか、もう一度いいます。
どのような状況に対しても、不平不満を言えば、それを言わざるを得ない現象が繰り返されます。
不平不満を言わずに、ニコニコとして「ありがとう」と言っていれば、それを言いたくなるような現象が繰り返されます。
宇宙構造はそのようになっていると、小林正観さんは教えてくれたのでした。