心 穏やかに生きるには
3つのコツがあります
その3つとは
①判断しない
②抵抗しない
③執着しない
では、 この3つがよく分かるお話を
それぞれ紹介していきますので
ぜひ最後まで ご覧ください
宝くじが当選したある男がいました
親戚・知人は大喜び
「君は本当に幸運だね」と言ったら
男は 微笑んで
「そうかもしれない」と答えた
男は 新車を購入して
ドライブを楽しんでいました
ところが… 交差点で
酔っ払い運転の車が 突っ込んできた
男は大怪我をして 入院することになりました
親戚・知人が お見舞いにきて
「不運だったね」と言ったら
男は 微笑んで
「そうかもしれない」と答えた
次の日 病院のベッドで寝ていたら
自宅 付近で 地滑りが起り
家が 海へと流されてしまった
やってきた 親戚・知人が
「入院中で 運が良かったね」と言ったら
男は 微笑んで
「そうかもしれない」と答えた
さて この男性の
「そうかもしれない」という言葉は
起きた出来事に対して
いっさいの判断をしていません
ただ起きた出来事を
そのまま受け止めているのです。
私たちは普段、
「これは良いこと」「これは悪いこと」
「これは幸せ」「これは不幸」と、
起きた出来事に すぐに意味づけをします。
でも、本当は
その出来事が 良いのか悪いのかは
その瞬間には 分からないこともある
失敗から 学ぶこともあるし
苦しく つらい時があるからこそ
幸せを 感じる時もまたやってくるのです
つまり すべての現象は
「幸 不幸」と 極端にわけられないのです
だからこそ 判断しないことが
一喜一憂せずに
心穏やかに生きられるコツではないでしょうか
では、2つ目のコツに進みましょう
江戸時代に「白隠」という
禅の老師が住んでいました
人々の尊敬を集め
大勢の人が 彼の教えを聞きに
集まってきていたそうです
そんな ある時
寺の近所に住む
「未婚の娘」が 妊娠しました
怒った両親は
「相手は誰だ?」と 厳しく問い詰めたところ
答えに 困った娘は
「白隠さんです」
その場しのぎで と答えてしまった
すぐさま両親は 白隠の所に行き
「娘が白状したぞ お前が父親だそうだな」となじりました
白隠は
「ほう そうか」と答えた
この噂は 町中どころか
近隣の地域にまで広がり
白隠の評判は 地に墜ちました
誰も説法を聞きに来なくなったのです
しかし 白隠は
落ち着き払っていて
いっさい気にしなかった
やがて 赤ん坊が生まれると
娘の両親は
再び 白隠のもとへ行き
「お前が父親なんだから
お前が面倒を見るがいい」と言って
赤ん坊を預けました
白隠は「ほう そうか」と言って
赤ん坊を 預かりました
粉ミルクのない時代ですから
お乳をもらいに 村を回ったりした
白隠は赤ん坊を慈しみ
大切に 育てました
1年が経った頃…
罪悪感に絶えられなくなった娘は
ついに 正直に 両親へ話しました
赤ん坊の父親は
本当は「近所の若者だ」と白状したのです
両親は慌てて 白隠の元へ駆けつけ
本当に申し訳ないことをしたと
深く謝罪しました
そして 「赤ん坊も引き取らせてください」
と言ったとき
白隠は 「ほう そうか」と言って
いっさい 怒ることなく
赤ん坊を返したというお話です
さて 私たちも 生きている限り
誤解をされたり
あらぬ 濡れ衣を着せられることがありますね
もちろん 白隠禅師のように
黙っているだけではなく
最低限の誤解を解く努力は
したほうがいいと思います
がしかし
それでも誤解が解けず
批判をされたり
悪態をつかれることも
人生には起こりえるでしょう
そうなってしまうと
相手に敵意・憎しみの心が芽生えてきてもおかしくはありません
しかし 相手に敵意を向けても
お互いに 憎しみの炎が
ますます大きくなるだけです
そこまでエスカレートする前に
ムダな抵抗はせずに
起きたことを 受け入れて
今やるべきこと(最善)をこなしていけば
結果として 誤解が解けるなど
新しい道が開きやすいのではないでしょうか
起きてしまったことを ああだこうだと
嘆くのではなく
必要以上に抵抗はしない
これもまた 心穏やかに生きるコツなのかもしれません
では3つ目の心穏やかに生きるコツです
イスラム教の一派に伝わる物語
その昔 アラブの王様がいました
富・名誉を手に入れ
何 不自由なく暮らしていましたが
心に ポッカリと穴が空いていました
その理由は
今は幸せだと思っていても
いつ どこで 不幸な出来事が起こるか
わからないというものでした
王様は この不安から逃れるために
使いの者をやって
悟りを開いたと評判の賢者を
お城に呼び寄せました
賢者がやってくると王様は言いました
不安から解放されて
人生を平穏に過ごすことはできないだろうか?
すると 賢者は
王様に 美しい箱を渡しました
箱を開けてみると 中には
金の指輪が 入っていて
ある文字が 刻まれていました
その文字は
これもまた過ぎ去るだろう
賢者は言いました
人生を平穏に過ごすためには
いつもこの指輪をはめておくことです
そして 何か起こった時は
それが いいことか 悪いことかを
決める前に 指輪に触れて
この文字を 読んでください
「これもまた過ぎ去るだろう」
王様は 言われた通りにしてからというもの
一喜一憂しなくなり
心穏やかに 過ごせたことでしょう
さて
「これもまた過ぎ去るだろう」という言葉は、
起きた出来事に
執着しないための言葉かもしれません。
つらいことがあっても
「なぜ こうなったのか」と執着しない
また いいことがあっても
「この幸せが、ずっと続いてほしい」と執着しない。
どんな現象も
やがて過ぎ去っていくのです
そう思えると、
幸せなときも
不幸なときも
必要以上に 一喜一憂しなくなっていく…
つまりは
心穏やかに暮らせるのではないでしょうか
さて、3つのお話を紹介しました
判断しない
抵抗しない
執着しない
それぞれの頭文字をとって「は・て・し」
この3つを
できる範囲で 実践していけば
果てしない平穏が
あなたの中に続いていくのではないでしょうか
ぜひ 「今」を大切に
人生を楽しんでくださいね
人生は 楽しむために あるようです
参考にさせていただいた書籍↓

