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身近な人は砥石(人間関係で角が立つようにしないために)

動画で解説

このページの内容を簡単に動画で紹介ています。


以下、文による解説です。
角が立つ」という言葉を辞書で引くと
「理屈っぽい言い方や堅苦しい態度をして
他人との間が穏やかでなくなる」とあります。

誰しも、人間関係ではできれば角は立たないほうがいいですよね。

また心学研究科「小林正観さん」は、身近な人はすべて砥石だと言いました。

お釈迦さま

では、「角が立たなくなる方法」「身近な人は砥石」という2つの意味を解説します。

結婚はスタート

結婚はゴールインではなく
「スタートだ」と、よく言われるそうですが

正観さんは言いました

結婚とは、
夫という名の砥石
妻という名の砥石
を 手に入れたということ

砥石とは、刃物を磨く(砥ぐ)石のことで

夫は妻を磨く存在
妻は夫を磨く存在
だというのです

それはなぜか…

結婚とは 価値観の違うもの同士が共同生活をするから

例えば
室温が25℃の時
夫は「暑い」と言い
妻は「寒い」と言ったり

食べ物の好き嫌いが違い
見たいテレビ番組だけでなく
やりたいことがまったく違うから

しかし、それらの個人的な感覚を
少しずつ相手の側に近づける
(修正する)という作業が
共同生活には必要であり

それがまさに、
自分を磨く砥石のようなんですね

自分勝手な部分が削ぎ落とされて、マイルドになっていく。
つまりは人間が角を落として丸くなっていくんですね。

子どもも砥石

夫婦だけでなく
子どもも砥石のようです

なぜなら親が自分の価値観どおりに
「子どもは育たない」から

ポイント
「勉強しなさい」
「なんで勉強しないといけないの」
「いい学校に行くためよ」
「なんでいい学校に行かないといけないの」
「いい会社に入るためよ」
「なんでいい会社に入らないと行けないの」
「給料がよくて、いい暮らしができるからよ」
「いい暮らしってどういうこと」
「それで幸せになれるのよ!」
「それで幸せとは思わない。毎日、絵を描いていたら幸せだもん」
「いいかげんにしなさい!」
このように多くの親は、怒鳴ってしまう

ですが、子どもに対して
決して怒らない・イライラしないことこそが
親の人格を磨くことになる

「気に入らない時に声を荒げる」
こういった姿勢を子どもに見せ続ければ
それがインプットされる

つまり、子どもは友だちの前で声を荒らげ
大人になった時は、同じことを我が子にする

正しいことを言っているから怒っていいという考えは
結果的に暴力的な子どもを育ててしまう

どんな時でも怒らずに
笑顔で子どもと話をするのが人格者であり、
その背中を見て育った子どもは
同じように育つみたいです

すべてが砥石

砥石は家庭だけではないようです
なんと「仕事」も砥石に含まれる

たとえ どんなに仕事ができても
優秀な技術を持っていても
「人格」が荒れている人は

何のために「仕事」が存在するのか わかっていないとのこと
(魂的に)仕事とは、

どんなときでもイライラしない自分を
磨くためにあるらしい

さらに「人の上に立つ立場の人ほど」言えることのようです

「仕事」だけにとどまらず

すべての人間関係
すべての日常生活も砥石とのこと

日常でイライラしないか、
笑顔でいられるかを(魂的に)問われている

「怒ってもいい状況」などは存在せず
本当は笑顔で解決できるのに

「面倒だから」「簡単だから」と
とりあえず「怒って解決」という方法を選んでいるだけのようです

我慢するとストレス

ここまで聞いて、
我慢はストレスが溜まる」という人がいるかもしれません
ですが人格者というのは、
我慢を超越した人ではないのです

人格者とは
自分の価値観だけで判断しない人
視野(許容範囲)が360°と広い人です

つまり、目の前の現象を「問題」と捉えない
ただ目の前をとおり過ぎていくだけ

ですから、人格者(悟った人)となってしまえば
怒りも我慢も「生じていない」ことになります

反対に怒って解決する人は、
怒った時点で、イライラを感じ
自分の体を傷つけて

さらにはをどんどん増やしてしまう
「投げかけたもの」が自分に返るので
また愚痴や 文句を言いたくなる人生が巡るみたいです

砥石がある意味

目の前に起こる問題に
文句を言い続けたところで解決しない

ところが自分が見方を変えて
生き方を変えると

相手が変わる可能性がある
人生が好転する可能性がある

人間関係で「角が立つ」のは
自分にがたくさんあるからかもしれません

ですが「身近な人は砥石」
自分を磨いてくださる、
ありがたいお方だったと言うことができたら
感謝することができたら

自分の角がどんどん取れて
人間関係「角が立たなくなる」かもしれません。

その結果として
穏やかで幸せな人生を
自分自身が送れることになる。

さて人生で起こる「問題・理不尽」が
自分の魂を磨くために必要なことだった
(砥石だった)と思い定めること

少しは心が軽くなりませんか

「角を立てて」敵を増やす人生よりも

味方を増やしていく人生の方が
楽で楽しい人生なのかもしれません

ひどいことを言われた相手を受け入れるというのは、
難しいこととは思いますが
正観さんのお話には
見方が変わるヒントがたくさんありますので
少しずつでも参考にしていただけたらと思います

参考にさせていただいた書籍↓