海の中に棲んでいる生き物は、「海」の本体がどんなものかわかりません。
だから海を見たいと思っています。
すると、神様は限りない優しさを持っていますから、魚の望む通りに、海を見せてあげるのです。
どうやって海を見せてあげるのでしょうか
その方法は、人間に釣られること
釣り上げられた瞬間、「海はこういうものだったのか」と認識できます。
でも、呼吸は苦しくなります。
メモ
結局、釣り上げられている状態というのは、海は見えるけど、同時に苦しい(つらい目にあっている)という状態です。これを人間の世界に置き換えると
メモ
- 魚=人間
- 海=幸せ
- 釣り上げられる=災難
メモ
人間は、本来、幸せです。
- 息ができる幸せ
- 歩ける幸せ
- 呼吸できる幸せ
「もっと幸せをよこせ」と言っているのです。
そんなときに、病気や事故などの災難にあったときに、謙虚になり幸せの価値が見えるのです。
もし、ケガをしたならば
右利きの人が、右手を捻挫して使えなくなったとします。
文字も書けず、おはしも使えずに不幸を感じます。
捻挫が治ると「右手が使えるっとこんなに幸せだったのか」と心の底から本当に感謝できることでしょう。
では、右手が使えなかった間、不幸だったと言えるのでしょうか。
違います。
メモ
不幸だと思っていた出来事があるおかげで、これから一生、右手に対する感謝の心が湧いてくるようになったのです。この幸せ・喜びをひとつ頂いただけでも、不幸でもなんでもなかったということになります。
じゃあ、なんのために捻挫をしたのか、、、
罰とかそういうのではありません。
右手に対して、感謝の心・喜びの心を一つ増やすために、なにも起こらないことがどれほど幸せかということを知るために、捻挫したのです。
お釈迦さま
これらを理解すれば、今、あなたが幸せであることがわかるはずです。
そして、災難とは、幸せを感じるために必要だったということがわかるのです。
そして、災難とは、幸せを感じるために必要だったということがわかるのです。